歯科治療について

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安全な根管治療(歯内治療)

私(院長)は東京医科歯科大学歯学部を卒業した後、歯内治療を専門とする医局に入局し、その後大学病院の専門外来での歯内治療や、それ以外の一般的な治療を行いながら、東京医科歯科大学大学院に進学して根管治療に関する研究も行いました。 また、臨床経験や研究から新たな歯内治療の方法や道具を開発して特許を取得、国内外での販売も始まろうとしています。

ここでは、そのことについて書いてみたいと思います。

イメージ:根管の清掃

根管の清掃

根管治療では根管の中をきれいに清掃し、さらにそこを緊密に充填することが重要です。根管を清掃するには機械的清掃と化学的清掃という2つの方法があり、この両者を併用することで、複雑な形態をした根管を可能な限りキレイな状態にするのです。

機械的清掃とは、ファイルという小さな器具などで歯髄組織を取り除いたり、感染して汚染した根管象牙質を削り取ることです。

しかし根管は非常に複雑な形態をしており、どんなにがんばってもファイル等が届かない部分があったり、あまり無理にファイル等で削りすぎると根管象牙質にあけてはいけない穴をつくってしまうおそれがあるような薄い部分があります。

そのような機械的清掃で取り除けないところを清掃し、根管の中に残ってしまっている汚染物質を取り除き、根管象牙質の表面をキレイにするために化学的清掃を行うのです。

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イメージ:根管の化学的清掃

根管の化学的清掃

根管の化学的清掃のことを、根管洗浄ともいいます。
具体的には、根管洗浄液(以下、洗浄液)と呼ばれる薬液で根管の中を洗います。洗浄液には色々な種類がありますが、世界中のエンドドンティスト(歯内治療の専門医)に認められ、使い続けられているのが「次亜塩素酸ナトリウム溶液」です。

エンドドンティストは、1回の根管治療で、この次亜塩素酸ナトリウム溶液を最低3ミリリットル、場合によっては10ミリリットル以上使って根管洗浄します。

なぜ、次亜塩素酸ナトリウム溶液を使うのでしょうか。
次亜塩素酸ナトリウムには強力な殺菌作用と有機質溶解作用があり、この性質が根管洗浄に非常に有効なのです。
機械的清掃で取りきれない歯髄組織、削りかす、汚染物質、根管の中に残っている細菌、そういったものを次亜塩素酸ナトリウムが溶かしてくれます。溶けた後の液体を除去すれば、根管を化学的に清掃したことになるのです。
また、次亜塩素酸ナトリウムは無機質を溶かすことはできないので、基本的に健全な歯は溶けません。虫歯になっているところ(=感染しているところ)は、そこを構成する有機質が溶けます。

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根管洗浄時の事故

医療事故という言葉があります。ご存じの通り、医療の過程において発生した事故のことを意味します。
医療従事者の過失により生じた事故は特に医療過誤といいますが、不可抗力により事故が生じてしまう場合もあります。
我々医療従事者は、もちろん過失による事故を起こしてはなりませんが、不可抗力による事故もできるなら起こさない、仮に起こったとしても速やかに適切な対応をとらねばなりません。

歯内治療を行う際にも、事故が起こることがあります。その中でも、根管洗浄する時の事故を防ぎ、安全かつ効果的に根管洗浄する方法を開発すること、これが私の研究課題でした。

根管洗浄では、強い作用を持つ洗浄液を使いますが、このような薬液は根管の中だけに作用させなければなりません。根管の外、例えば皮膚、口の中の粘膜、あるいは洋服などには間違っても落としたりしてはいけません。
根管治療するときにはラバーダムをしますので、これが強い薬液に対する防御の役割もしてくれますが、それでも残念ながら事故が起こってしまうことはあります。

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イメージ:図1

図1

根管洗浄の問題点

一般的に行われている根管洗浄の模式図を図1に示します。注射器の形をしたシリンジに洗浄液を入れて、先端のニードル部分(洗浄針)を根管の中に挿入し、洗浄液を注入していきます。洗浄液は根管の中の有機質を溶かし、その汚れた洗浄液が根管口(根管の上の方)から溢れ出てくるので、これを吸引装置(バキューム)で吸い取っていきます。

この方法で根管洗浄する際に生じうる問題点が二つあります。
一つは、根尖(根管の下の方)部分に洗浄液が到達せず、そこをキレイにできない場合があることです。
ニードル先端を根尖にできるだけ近づければ、根尖部分にも洗浄液は到達しますが、そうすると二つ目の問題点が生じてきます。
その二つめの問題点とは、洗浄液が根尖孔から根管の外に溢出してしまうことです。

あまり作用が強くなく、生体に害を与えないような洗浄液なら、多少出てしまっても問題はないのですが、次亜塩素酸ナトリウムのような強い作用を持つ洗浄液が出てしまうと、歯根の周りの組織(歯周組織)、シャーピー繊維や毛細血管、神経線維を溶かし、傷つけてしまいます。

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イメージ:図2

図2

事故を起こさない根管洗浄をめざして

図2は、アメリカの専門誌に掲載された事故の症例です。
強い作用を持つ洗浄液が根尖孔から溢出してしまった場合、根尖付近の歯周組織を傷害するだけでなく,その影響は顔面に腫脹や血腫として現れることもあるのです。

もちろん人間の体には治癒能力がありますから、数日後にはこのような血腫も治っていきますが、でもそんな経験は誰だってしたくありませんよね。 今までの根管洗浄では、洗浄針を深く入れなければ根尖までキレイにできない、でも深く入れすぎると洗浄液を根尖の外に押し出してしまう危険がある、そんなジレンマがあり、根管洗浄しているときに果たして洗浄液が根管の中のどのあたりまで到達しているのか、全く解りませんでした。

私の研究チームはそんなジレンマを解消できる画期的な根管洗浄の方法を開発しました。
この新しい方法は、日本語としては「根管内吸引洗浄法」と呼んでいますが、英語では「Irrigation with Negative Pressure(以下iNP)」と呼ばれます.

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イメージ:図3

図3

根管内吸引洗浄法(iNP,図3)

洗浄針の先端は、根管の深いところまで挿入せず、根管口の近くにとどめておきます。
吸引装置には、アダプターを使って吸引針と呼ぶニードルを装着し、この吸引針の先端を根尖孔近くまで挿入します。

このようにして根管洗浄すると、根管口から流れてきた洗浄液が根尖部分まで到達して、根尖部分までキレイにした後に吸引針先端から吸い取られ、なおかつ根尖孔から洗浄液が溢出することもありません。

さらに、iNPでは、電気的根管長測定器という機械を併用することで、洗浄液が根尖まで到達しているかどうかをモニタリングすることも可能という、画期的な方法なのです!

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Advanced Endodontics: Clinical Retreatment And Surgery

(図4)インターナショナルエンドドンティックジャーナル

世界の評価

iNPを述べた論文が2006年に国際的な歯内治療の専門誌に掲載されました「インターナショナルエンドドンティックジャーナル2006年2月号」(図4)。

また、北米で開催される国際的な根管治療の学会において、2006年春にこのiNPでの洗浄方法と有効性を、さらに2008年春にはiNP用に開発した専用の吸引針(iNPニードル)の詳細と有効性についての発表をしましたが、多くの有名なエンドドンティストに注目されました。

Cohen's Pathways of the Pulp Expert Consult

(図5) Pathway of the Pulp 10th edition

iNPは、それまでの根管洗浄法とは逆の発想から開発した方法でしたが、その後国際的な歯内治療のジャーナルに発表された他の研究者の論文でもその有効性は証明され、さらに、2010年発行の 「Pathway of the Pulp 10th edition」(図5) において、私の論文が引用され、この方法が紹介されました。

「Pathway of the Pulp」とは、エンドドンティスト(歯内治療の専門医)を目指す歯科医がほぼ必ず勉強する教科書のような本で、かつて私も7th editionで勉強したのですが、その本に掲載されたのは、ある意味スタンダードと認められたということと、非常に名誉に思っています。

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